テレビの生放送などで、出演者が何気なく口にした言葉が「不適切な表現」として謝罪されることがあります。
その中でも「かたわ」という言葉について、なぜ使ってはいけないのか、そもそもどのような意味なのか気になった人もいるのではないでしょうか。
「かたわ」は古くから存在する言葉ですが、現在では身体に障害のある人に対する差別的な意味合いを含む表現として、テレビなどでは使用を避ける言葉とされています。
また、昔は使われていたものの、現在では注意が必要とされる表現はほかにもあります。
この記事では「かたわ」の意味や問題視される理由、発言に気をつけたい放送上の不適切表現についてわかりやすくまとめます。
ミヤネ屋の生放送で不適切な表現が使われ謝罪
2026年9月1日に放送された日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」で、出演者の発言をめぐる騒動がありました。
番組では、山口県美祢市で発生した和菓子店の夫婦が殺傷された事件について取り上げ、元神奈川県警捜査1課長の鳴海達之氏が事件の背景や犯人の心理について解説していました。
その中で鳴海氏は、被害に遭った妻のけがや今後の生活について言及。
その際、身体が不自由な人を指す古い差別的な表現を口にしました。
生放送だったこともあり、そのまま音声が流れる形となりました。
その後、番組はCMを挟み、司会を務める宮根誠司氏と西尾桃アナウンサーが、放送内に不適切な表現があったとして謝罪しました。
発言は事件の残虐性を説明する場面で飛び出した
問題となった言葉は、犯人がなぜ被害者の頭部を狙ったのかについて鳴海氏が推測する流れで使われました。
事件では店主が命を奪われ、その妻も頭蓋骨を骨折するなどの大きなけがを負ったとされています。
鳴海氏は犯人側の心理を考察し、仮に妻が命を取り留めたとしても、これまで通りの生活を送ることが難しい状態になれば、犯人にとって都合がいいと考えた可能性があるという趣旨の説明をしました。
その説明の途中で、現在では身体に障害のある人を侮辱する差別的な言葉として扱われる表現を使用したことが問題視された形です。
発言の意図とは別に、現在の放送では適切ではない言葉だったため、番組側がすぐに謝罪する対応を取ったと考えられます。
「かたわ」とは現在では差別的とされる古い表現
今回使われた「かたわ」という言葉は、もともと「片方が欠けている」「完全ではない」といった状態を表す古い言葉です。
かつては車輪など一対になっているものの片方が欠けた状態を表現する場合にも使われていました。
しかし、次第に身体に障害のある人などを指す言葉としても用いられるようになり、相手を見下したり侮辱したりするニュアンスを伴うケースが増えていきました。
特に近代以降、社会の中で障害のある人に対する偏見や差別が存在してきた歴史もあり、現在では人に対して使用することは不適切とされています。
そのため、テレビをはじめとするメディアでは避けられる表現となっており、「身体に障害のある人」「体の不自由な人」など、その人の状況に合わせた言葉に置き換えるのが一般的です。
また、必要がある場合には「車いすを利用している」「下半身に麻痺がある」など、実際の状態を具体的に説明することで、差別的な印象を与えない表現が用いられています。
現在では使わないほうがよいとされる言葉はほかにもある
今回問題となった「かたわ」以外にも、以前は日常的に使われていたものの、現在では差別的な意味合いを持つとして避けられている言葉があります。
たとえば、視覚や聴覚、発話に障害のある人を表す古い呼び方の中には、現在では相手を傷つける可能性があるとして使われなくなったものがあります。
現在は「視覚障害」「聴覚障害」「言語障害」など、具体的な状態を表す言葉が一般的です。
精神疾患のある人についても同様で、かつて使用されていた呼称の中には強い偏見を含むものがあります。
そのため、現在では「精神障害のある人」「こころの病を抱えている人」など、状況に応じた表現が選ばれるようになりました。
また、変化しているのは障害に関する言葉だけではありません。「看護婦」は「看護師」、「保母」は「保育士」、「スチュワーデス」は「客室乗務員」とするなど、性別によって職業を限定するような呼び方も見直されてきました。
さらに、人種や民族、出身地域などを理由に相手を見下す言葉についても、現在では差別表現として避けることが求められています。
このように、言葉に対する社会の受け止め方は時代とともに変化しています。
以前は普通に聞かれた表現であっても、現在では使用する場面に十分な注意が必要になっているのです。
元警察幹部の発言をどこまで問題視するべきなのか
今回の騒動では、問題となった言葉だけでなく、発言した鳴海達之氏の立場についてもさまざまな意見が出ました。
鳴海氏はテレビ局のアナウンサーではなく、元神奈川県警捜査1課長という経歴を持つ人物です。
そのため、放送業界で働いてきた人と同じレベルで放送上の表現に精通しているとは限らないとして、発言を必要以上に問題視することに疑問を感じる声もあります。
また、世代によって言葉に対する感覚が異なることから、「以前は使われることもあった言葉なので、悪意がなければそこまで強く批判する必要はないのではないか」という見方もありました。
一方で、出演者の経歴や年齢にかかわらず、多くの人が視聴するテレビ番組で差別的とされる表現を使用することは適切ではないという意見もあります。
特に今回は、重傷を負った被害者について説明する場面での発言だったため、被害者本人や身体に障害のある人への配慮という観点から問題視する声が出たと考えられます。
つまり今回の騒動では、「悪意があったのか」という点だけではなく、公共の電波でどこまで言葉に配慮するべきなのかという問題にも注目が集まったわけです。
乙武洋匡氏の投稿をきっかけに「言葉狩り」についても議論に
番組側が謝罪したことを受け、乙武洋匡氏がSNSで示した考えも注目を集めました。
乙武氏は「不適切」という判断を誰が決めるのかという点に疑問を示し、単純に特定の言葉を別の表現へ置き換えれば、それだけで相手への配慮が成立するのかという趣旨の問題提起をしています。
この意見をきっかけに、今回の問題は一つの発言が適切だったかどうかだけではなく、テレビにおける言葉の扱いそのものへと議論が広がりました。
確かに、差別や偏見につながる言葉を避けることは大切です。
一方で、表面的に言葉だけを変更しても、その人に対する考え方や態度に敬意がなければ、本当の意味での配慮とはいえないという考え方もあります。
今回の一件は、生放送では出演者が発した一言が瞬時に多くの視聴者へ届き、すぐにSNSなどで議論になる現代ならではの出来事ともいえます。
悪意の有無とは別に、テレビ出演者には以前にも増して慎重な言葉選びが求められている一方、どこまでを不適切な表現として扱うべきなのかについては、今後もさまざまな意見が出てきそうです。
まとめ
「かたわ」は、もともと片方が欠けている状態などを表した古い言葉ですが、身体に障害のある人を指す表現として使われてきた歴史があり、現在では差別的な言葉として使用を避けるのが一般的です。
同じように、かつては日常的に使われていた言葉でも、社会の価値観の変化によって不適切とされるようになった表現は少なくありません。
一方で、単純に特定の言葉を禁止したり言い換えたりするだけで十分なのかという議論もあります。
大切なのは言葉だけを機械的に置き換えることではなく、その言葉が持つ背景を理解したうえで、相手を傷つけたり偏見を助長したりしない表現を選ぶことではないでしょうか。
